犬山の読書録

犬山です。心動かされたものについて記録します。

【感想】ドスケベ催眠術の子 ―ドスケベ催眠術の罪とは一体何だったのか―

 

 

https://www.shogakukan.co.jp/books/09453145

『ドスケベ催眠術師の子』読んだので感想を置いておきます。

面白かったよ!


GOODとBADに分けて書きます。本文中にネタバレを含みます。

 

 

【概要】
GOOD
・文章が上手くキャラが立っている。
・メイン二人への向かい合い方が誠実だと感じられる
・ドスケベ催眠術が作劇上便利すぎる

 

BAD
・ドスケベ催眠術の使い方およびサブキャラの扱い方に疑問が残る

 

 

【GOOD】

ラノベとして文章が上手
試し読み
https://gagaga.tameshiyo.me/DOSUSAI
立ち上がりが特に上手い。設定や話の方向性が分かるまでのスピード感がエグく、キャラの外枠が早い段階で伝わってくる。

とにかくキャラクターの魅力がよく伝わってくる文章だと思う。展開の中でどういう振る舞いをしているのか、どのようにその状況がそのキャラに映えてるのかが細やかに描写されており、特にヒロインである片桐の可憐さが鮮やかに伝わってきます。いえいいえいちょきちょき。
また、会話が上手くかみ合っていてテンポがよいです。ラノベにアジャストされた文章だと思います。

 

・メイン二人の人生に対して誠実
この作品の感想として「タイトルから想像されるより誠実」「そこまでドスケベではない」というのが多く目につきます。これはおそらく、メイン二人を過去の呪縛から救い出すことに誠実であるからかと思います。
本作の主人公はドスケベ催眠術師である父と離れ、その子であることを隠して生きる少年であす。そこに突如現れた二代目ドスケベ催眠術師を名乗るヒロインと共に人助けをしながらワチャワチャする、というのがざっくりしたあらすじです。メイン二人の過去をどうにかして成長していく姿をきちんと描けており爽やかでした。

 

・ドスケベ催眠術が便利すぎる
人格の改変や記憶操作をノーリスク、ノータイムで引き起こしており、話にスピード感があります。また、ドスケベ催眠術というケッタイなラベルがあることで、読者が作品を受け取る際のシリアスさ具合もコントロールできており、批判が躱しやすくなっていると思います。

 

 

【BAD】
・サブキャラに対して誠実であるか疑問が残る
実はこれを言いたいがためにこの記事を書いています。
本作はドスケベ催眠術の罪と本当に向かい合っているのか。
私はそこが気になっています。

 

本作では、ドスケベ催眠術で人助けをしたい片桐達が校内の人間からの依頼に応えるという展開になってます。まさかの俺ガイルフォーマットです。
片桐達は相手のなりたい姿をヒアリングし、ドスケベ催眠術によってそれを実現します。たとえば不登校の子から依頼があり、自信のなさを解決したりとかです。
借り物の力で何とかすることに関しては作中でエクスキューズがあり、「一定期間で解除されるけど、その経験でできるようになっているから」という感じです。
それでバチバチーてなもんで不登校の子は自信を持ってアッサリ学校に行けるようになり、ぼちぼち日々を過ごせています。
個人的にはこの催眠術の使い方がいただけないと感じました。

以下、違和感があったポイント。

 

①ドスケベ催眠術に関する葛藤が少ない
ドスケベ催眠術というラベルを付けることで葛藤やツッコミを排し、パワーとスピード感のあるお話づくりをしているのですが、それ故に盛り上がりポイントを取り落している印象です。

本作ではドスケベ催眠術という代物に対する忌避感は描かれるものの、変えられてしまった自我に対する違和感はかなりさらっと処理しています。
ドスケベ催眠に限らず、他者の悩みに対して「性格を変える」というアプローチを取る場合、以下のような心の動きがドラマの起伏を作る要素になると思います。
・理想の自己に近づくための努力パート
・理想の自己になれた時の感想
・変容後の自分に対する違和感
・変化による新たな問題発生

 

この辺がないのが良いか悪いかは置くとして、中盤(というか真昼間のエピソード)が平坦さの理由の一つはそのせいだと思います。人格をさくっと変えられ過ぎており、話の起伏が薄い印象です。真昼間の扱い悪すぎひんか…?

ドスケベ催眠術をかけられたことに対して、犯人捜し後のシーンで高麗川が言ってくれる部分はあるものの、やはり物足りない印象です。
余談ですが中盤の平坦さは選評でも触れられてました。
https://gagagabunko.jp/grandprix/entry17_FinalResult.html

この巻ではドスケベ催眠術によって救われた片桐にフォーカスするために、ドスケベ催眠の罪をじっくり書くのは難しいというのはあるかもしれません。
また、ドスケベ催眠術というラベルゆえに、リアリティバランスが担保されてるってかそこまでマジにならなくてもいいじゃん、むしろ上手くやってるよみたいな空気が漂ってはいます。
加えて、他人を変えてしまうことに対するためらいの無さについては、片桐のキャラクター性によって担保はされているので引っかからなくて良い部分なのかもしれませんが…。かわいい女の子が周囲の人間を肉人形としか見てないの興奮するね…

 

私が期待するものがなかったからといって駄作だと断じるつもりはありません。

ただ、変わりたい人間の努力や変えられた人間の困惑によってドラマが動くはずが、その部分がごっそり無いので食い足りない印象なのは確かです。

そこはこの巻では向かい合いきれていないドスケベ催眠術の罪ではないかと思いました。

 

ドスケベ催眠術の有効期間が1年もあるのは長くない?という思いもあります。
1巻以降も出続けるであろうサブキャラに対し、1年間解除されない催眠がかかったままというのはちょっと気になりました。作られた人格に対して関係を構築していくの?年後に対する壮大なフリなの?

もう少し短いスパンで急な人格変化を行い、術が抜けた後にいかにそれを今までの自分と統合するか、という部分でドラマを作る方が無難な印象はあります。
(そういうモタモタを排しているところが新鮮であるという見方もできます)

 

本作について言いたいことはザックリ以上となります。
「気になる部分はあるけどドスケベ催眠術だし良いか…」という気持ちと「ドスケベ催眠術というラベルが貼ってあるからってスルーしていい部分なのか?」という気持ちがミックスされてビミョーな顔になる瞬間はありますが、総じてよく出来た作品だと思います。
私は好きです。みんなも好きになってくれると嬉しいな。